2016年1月24日日曜日

中国古典フンコロガシ考

貴重な丸薬を捨てて、
 フンコロガシの糞玉を選び取るようなものだ」
    (中公文庫「憑道 乱世の宰相(礪波護)」)
というような表現(引用)があって
ここ何年も気になっていた。

今日は調べてみた。


「憑道」での引用もとは
資治通鑑か五代史のあたりである

 (だれを後任宰相にしよか、という会議の席で)

 任圜(じんかん)は言った
 「あなたが李琪さんでなく
  崔協さんを大臣にしようというのは
  例えて言うなら、
  貴重な『蘇合の丸薬』を捨てて
  フンコロガシの転がした糞を選び取るようなものだ」

資治通鑑: 唐紀二十七至後周紀五 
圜曰:「明公捨李琪而相崔協,是猶棄蘇合之丸,取蛣蜣之轉也。

この話は続世説新語や北夢瑣言その他にも採られているが
フンコロガシの糞は本によって

 蜣蜋之轉 蛤蛛之轉 螗螂之丸

などに置き換わっている。

蜣蜋は蛣蜣と同じでフンコロガシだが
蛤蛛はクモ(蜘蛛)、
螗螂はおそらくはカマキリ(蟷螂、螳螂)だろうから
後の2つの場合は
糞でなくて、
クモやカマキリが他の虫を狩って作った肉団子、
ということになろう。

昔は
「フンコロガシの知恵」的なことわざ?もあったらしい

フンコロガシの知恵は
糞を転がすことにあるのである。

 蛣蜣の智は
 丸を転ずるにあり。
 是なり。
  (蛣蜣之智在于転丸是也

出典は「荘子」とされるが
今の荘子のテキストにはない言葉とのこと。

別名もいろいろある。
 転丸(たまころがし)
 弄丸(たまもてあそび)
 推丸(たまおし)
ただ、
「丸」1文字で「糞のボール」を表しているようで
なんとなく気になる。
正露「丸」とか、
大丈夫だろうか…

「埤雅」にはこんな言葉あるとのこと

フンコロガシは鼻もないのに
香りをかぐ

 蛣蜣、鼻なくして香を聞く
  (蛣蜣无鼻而聞香)

「嗅臭(臭きを嗅ぐ)」
でなく
「聞香(香を聞く)」
としているのが絶妙である。


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「フンコロガシ」とはよく言うが
これがフンコロガシ、
というのを見た覚えがない
大概は「フンコロガシ、ただしくはダイコクコガネ」
のようなことになる

標準和名が「フンコロガシ」である、
特定の種はあるのだろうか?
あるいは糞虫の総体名なのであろうか?
博雅の教えを乞いたい

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「蛣蜣之智在于転丸是也」は
現存の「荘子」には見えないが、
 晋崔豹「古今注」魚虫、
 宋呉淑「事類賦」三十虫部注、
 宋陸佃「埤雅」十、
 南宋羅愿「爾雅翼」二五、
 宋祝穆「事文類聚后集」四八、
 元陰時夫「韵府羣玉」六、
などの多くの書物に、荘子の言葉として引用されているように、
荘子の言葉として広く信じられていたのである。(中巌円月の思想と文学(孫容成)注245
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《唐韵》去羊切《韵会》墟羊切《正韵》駆羊切,並音羌。
《玉篇》蜣蜋,啖粪虫也。
《爾雅・釈虫》蛣蜣,蜣蜋。
《疏》蛣蜣,一名蜣蜋。黑甲,翅在甲下。啖粪土,喜取糞作丸而転之。
《荘子》蛣蜣之智在于転丸是也
《古今注》蜣蜋能以土苞糞推転成丸,圓正无斜角。一曰転丸,一曰弄丸
《関尹子•四符篇》蜣蜋転丸,丸成而精思之,而有蝡白者存丸中,俄去殻成蝉。
《埤雅》蛣蜣无鼻而聞香。
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…清代段玉裁『説文解字注』釈虫曰。
蛣蜣,蜣蜋。荘子云。蛣蜣之智在于転丸。
陶隠居云。憙入人粪中。取屎丸而却推之。俗名爲推丸
…以下略 
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